行って良かった所

草間彌生展 国立新美術館

投稿日:


いつも「売り物でないクサマが見たい」と思っていたマダムは、国立新美術館で草間彌生展が開催されると知って、大喜びで前売り券を買いました。

幻覚が見えてくるという、草間彌生さんの病気についてはよく知られていますね。少女の頃、ある日の夕方空を見上げていると、空全体が網の目のようになってうわーっと迫ってくるような恐怖を感じた、というような彼女の随想を読んだ記憶があります。ですから、あのドットや網模様がかぶさった絵は、見えているそのままを描いたのではないか、と考える人もいるかもしれません。そういう面もあるのかもしれない。でも、私は、ああいう幻覚が見えるのは、本人にとって大変だったと思うのです。

家庭環境も厳しかったようで、入り婿だった父親は女遊びにふけり、母親も精神的に病んでいたそうです。彌生さんも電車に飛び込んで自殺しようとしたのだけど、電車の圧風に吹き飛ばされて死ねなかったとか。毎日が、どんなに苦しかったことでしょう。

私が草間彌生という作家がすごいと思うのは、そういうドットや網模様の幻覚に、呑み込まれそうになりながらも呑み込まれずに、アート表現という形で必死に踏みとどまった、というところです。そして、その幻覚の向こう側、無限に広がるドットや網の向こう側にとんでもないもの、たぶん「真実」を捉えたというところなのです。

うちに1999年の版画芸術103号があるのですが、この巻頭特集が草間彌生さんです。

この中に、ドットを打つことで、境界線というか関係性が無くなるということが書かれていました。例えばコップに水玉を打つ。それから、コップが乗っている机の平面にドットを打つ。それが繰り返されることによって、次第にコップと机の関係性が消滅していく・・・彼女の作品の大きなテーマの一つである「自己消滅」です。でも、消滅して無くなってしまっておしまい、ということではないのです。たくさんの点が集積され、ついには周りとの境界が無くなって(消滅して)、全体の中、永劫の中に入っていく、とおっしゃっていました。

先日、この版画芸術をじっくり読んだのですが、本当に驚愕してしまいました。私などは、ごく最近になって「大いなる一つのもの」についての認識というか知識を自分の中に入れたばかりなのに、18年前、すでに草間彌生さんは、この認識の元に作品を創っていたとは!

すごく速く、私たちのうんと前を走っていた人なんだな、と思いました。速く走りすぎていたというか。だから、特に保守的な日本ではスキャンダラスな面ばかりが強調されて、正当な評価がなされなかったのでしょう。

保存

▼人気ブログランキングに参加しました。クリックして応援いただけますと、とても励みになります!

follow us in feedly

-行って良かった所
-, ,

Translate »

Copyright© マダム・エミーと羊執事の悶々文章修行 , 2017 AllRights Reserved.