心身の健康

中高年がエッセイを書く効用 5 修正版

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先生は、文章については、たまに「ここは長いので、一回切った方がよろしいですよ。」とか「季節や時間を書いた方が、より伝わると思いますよ。」などとおっしゃることはありましたが、エッセイの内容について批判がましいことをおっしゃったことは、一度もありませんでした。

最後までじっと聞いて、聞き終えると「そうでしたか。」「そんなことがあったのですね。」「たいへんでしたね。」「良かったですね。」などとおっしゃいます。エッセイの内容を、そのまま受け止めての言葉でした。先生がそのような姿勢ですから、私たち受講生も、自然にそういう姿勢で聞くようになります。

批判したり、善し悪しを判断したりすることなく、ただただそのままを受け取ってくれる人のいる空間というのは、本当に安心できる、居心地の良いありがたい空間です。つまり、「そんなことがあったのですね。今日、あなたの話が聞けて良かった。」という言葉や思いを受け取れる空間ということです。私は、こういう空間こそ、私たち全員に必要なのではないかと思うのです。先生や受講生の方々に、つまり他者に、エッセイ、つまり自分の人生の一コマを無条件に承認してもらうことで、人はどれほど平安を得られることでしょう。もし、エッセイを書いている時点で、本人が自分自身をうまく受け入れられなかったとしても、他者からの無条件の承認を受けることで、自分への承認も少しずつできるようになるはずです。エッセイ教室というのは、もちろん文章を磨く場でもあるのですが、自己と他者を承認する力を磨く場でもあるように、私には感じられました。

もし、他者から無条件の承認を受けることが出来たならば、そして、他者からの承認という援助を受けながら、自分で自分を承認する力をつけていかれれば、街中でキレる中高年は、ずっと減るかもしれませんあの人達は、キレて怒鳴ることで、「オレは怒っているんだ!(わかれよ!)」「おれはここにいるんだ!(わかってくれよ!)」と、必死に承認を求めている人達のように、私には見えてしまうのです。寂しく辛い光景なのです・・・。

エッセイそのものについてとは、ややはずれた話になってしまったかもしれませんが、エッセイ教室というのを初めて体験したマダムが感じたことを、つらつらと書かせていただきました。お付き合い、ありがとうございました。
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