心身の健康

中高年がエッセイを書く効用 4

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Erbs55 / Pixabay

エッセイ教室で、落ち着いて自分のエッセイを朗読するシニアの方々を見て、私は、その真反対のようなシニア「キレる中高年」を思い出してしまったのでした。

でも、エッセイ教室での皆さんの作品に、怒りや空しさのようなネガティブな感情、あるいは自分の情けない姿が書かれていなかったかというと、そんなことはありませんでした。むしろ、美しくてハッピーな話よりも、ほろ苦いテイストの作品の方が多かったと記憶しています。そして、そういった、他者の人生の暗闇をふっと感じさせる作品の方が、ずっと魅力的で、私たち受講生は真剣に聞き入ったものです。

どなたかが、ご自分の作品を読み終えた後「すみません、暗い話で・・・。」とおっしゃいました。すると先生はすかさず「いいえ。私たちは綺麗な話なんて聞きたくないの。そんなのは結婚式のスピーチみたいなもんで、ちっとも面白くないのよ。それよりも、その人の本当の話が聞きたい。」とおっしゃったのです。

そう。マダムはここが大事だと思う。

怒りとか空しさ、恨みや嫉みにまみれた自分を、「こんな自分は恥ずかしい」って隠しているんでしょ。そういう気持ちをたとえたくさん感じたとしても、必死に我慢して、自分の心の中に押し込めてしまっているんでしょ。それを、何度も何度も、何年も何年も繰り返してオトナになってしまうのよね。それである日心にも限界が来てキレてしまう・・・。

怒りや空しさ、嫉妬や恨みを感じること自体は、良いとか悪いとかではないと思うんです。だって感じてしまうんだもの。感じるなら感じればよいじゃない。そしたら、感じたままを書いてみれば?書いたら、まず自分が読むでしょう。その時自分は何を感じるでしょう?読んだら更に怒りを感じたなら、それについてまた書けばいいじゃないですか。書く事によって、感情は自分の心の外に流れていくことでしょう。もう読みたくない!と思ったら、書いたそばから破り捨てればよいのです。こんなこと書いて恥ずかしいと思って、きれい事にすり替える必要なんてありません。私たちはリアルな話に惹かれます。怒りを感じた、嫉妬に狂った、いいじゃないですか。それが人生を生きるってものだと思います。

そう考えると、どの人のどんな内容のエッセイも、ふんふんとうなずきながら聞き、「そうだったのですか。たいへんでしたね。」などとおっしゃり「とてもお上手にかけていらっしゃいますよ。」とふんわりおっしゃっていた先生の態度は、すばらしいとしか言いようが無いのです。

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